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2016年7月13日 (水)

余計なお世話もほどほどに

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 言葉で言ってしまっては、伝わらないこともありますね。品性がそなわっているなら、その人の存在そのものが、ものをいうこともあるけれど、むやみに内容がなくて、語気鋭いだけの言葉は、返って共感を呼ばないんじゃないかなあ。「アベ政治の暴走を止める」、と野党勢は、歩調を合わせていましたが、それが、参議院選挙で、劣勢に立たされる原因だったんじゃないかなあ。暴走という言葉のいかがわしさ、着た切り雀のように、いつまで薄汚れた服を着ているのでしょうか。新しい服に着替えたなら気分も明るくなるんじゃないかと思いますけどね。

その目にアベ政治が暴走しているように見えるなら、それもよろしいけれど、でもね、庶民にしてみれば余計なお世話だったかも知れませんよ。なんだか自意識過剰の押しつけのようで、逆効果じゃないかな、と思いますね。

選挙が終わったら、またしても、弁護士グループが一票の格差を持ち出して無効だといっているようですが、これも余計なお世話、いい迷惑と言いたいところ、彼らの目論見は、都市部において革新系の票がのびるという思い、それだけを狙っているような気がしますけどね。一票の格差ってほんとうに計れるものなんですか。いやね、一票にどのくらいの価値があるかということなんですが。かつての三年余の政権交代を思いだしますけどね、個々の一票によって善政か悪政かを左右するのであって、あのときの政治が右往左往するさまを見てみれば、一票の重みって軽いものだった。

一票の中には、まじめな一票もあれば、組織票もある、浮動票もある、一票の重みは、いろいろなんだと思うんですね。つまるところ、一つには、得票数にそれぞれ等しく価値があるわけではないということ。二つには、当選した人たちもピンからキリまであって、価値といっては失礼だけど、その人たちの価値はそれぞれ異なるんじゃないかなあ。憲法十四条、すべて国民は、平等であって差別されない。一票の格差がこれに抵触するというのは、やり過ぎている。やり過ぎているんじゃないかなあ。

 

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コメント

初めまして。
1票の格差を言う前に、投票率の低さの方が問題だと思います。
格差が嫌なら、重みの多いところに移ったら?と思います。

投稿: かねとしがばなー | 2016年7月14日 (木) 01:15

かねとしがばなー 様
コメントありがとうございます。
中々、悩ましい問題のようですが、果たして、この件が、差別として違憲にあたるのかどうか、差別されたという実感がないので、素人の身よくわかりません。

投稿: ちぎれ雲 | 2016年7月14日 (木) 09:07

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