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2016年7月19日 (火)

否定された勝手な線引き

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 古来、中国は、海洋、島にはまったく関心がなかったというのは、ほんとうのところだろうと思いますね。中華思想という自己中心に心酔して、周辺を辺境としてさげすんでいれば、都から遠くはなれたけがらわしい辺境、何の価値もない海のかなたに関心がないのは当然だろうと思います。いまの中国はことあるごとに、「南シナ海の南沙、西沙諸島は、2千年以上前に中国が発見し、管轄下に置いた」というけれど、2千年前には中国はなかったのではないか、2千年という言葉をもちだすのであれば、もうそれを台無しにするに等しいです。

そのむかし宋という国や、時代ごとに唐、明、清などという国が破れては消えていった、そのころは航海術は未発達で、はるか万里の波涛にさえぎられた無人の洋上に中華の秩序も統治もおよぶはずもない、その意志もなかったのは確かだと知れています。習近平国家主席は、「中華民族の偉大な復興」を掲げるけれども、自分で偉大というのもおかしい。夢をみていまも王朝支配へのあこがれが息づいているのであれば、何という古い時代に生きていることかと思います。

南シナ海における中国の主張に対するオランダ・ハーグの仲裁裁判所の判決は、中国が海の上に勝手引いた九段線を根拠のないものとして全面的に否定するものでした。中国は、裁定は無効で拘束力がない。受け入れない。ただの紙くずだ。と言っていますが、身からでた錆だからなおさらに、怒りと不満をあらわにしましたが、もっとじっくりと落ち着いて対処できなかったのか、大人げないふるまいにみえます。

新しい価値は分かってはいるが、すぐには身につかない悲しさに、偉大な復興が目にちらついて、行動がいうことをきかないような。まだまだ道のりは険しいが、学ぶ時間は充分にあるはず。その結果をまねいたのは、当然の帰結として不徳という原因があることを知るのはいつのことでありましょうか。

 

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