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2016年8月 8日 (月)

人生あっという間に

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 今週の真田丸は、太閤秀吉が、まだ幼い秀頼の行く末を案じながら亡くなりました。どこかおかしみがあって、悲しみはないけれど、ストーリーは、家康の暗殺未遂や遺書をめぐる駆け引きなどがあっておもしろい。秀吉の辞世の句は、

  「露とおち露と消えにしわが身かな難波のことも夢のまた夢」

というものですが、難波のこと、と地名が入っていることで、何んとなく明るいような、親しみが感じられます。

たぶんですが、秀吉は、いま思えば人生はあっという間のことだった。難波のこともつぎからつぎへと夢のように過ぎ去った。わが人生は充実していた。楽しいものだった。と言っているのだと思います。露と落ち露と消えにし、とは中々でてこない発想だと思います。この句は、人生を一瞬のできごとのように見ていますね。一生過ぎやすし、ということでしょうか。

これって、どこかで聞いたことがあるような。そう、秀吉は、白骨のご文章を読んでいたのではないでしょうか。おおよそ儚きものは、この世の始中終、まぼろしのごとくなる一期なり、一生過ぎやすし、われや先、人や先、今日とも知らず、明日とも知らず、遅れ先立つ人は、元のしずく、末の露より繁しと言へり。・・・とつづくあのご文章です。

葉の先についた露が消えゆく様子を、「露と落ち露と消え」とよみ、まぼろしのごとくなる一期を、「夢のまた夢」と絶妙な言葉に変えて詠んだのではないでしょうか。人生の悲哀ではなく、わが世の春、いい人生だった、と言っているような気がします。

 

 

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コメント

能の「夕顔」の台本の中に、《はかなく露と消えにし、》と書かれた個所がありました。元々は、紫式部の源氏物語に書かれているようです。古くから広く読まれていたなら、「露とおち露と消えにし」は、それほど斬新さはなく、ごく平凡なものかも知れません。
また、「夕顔の末葉の露の消え易きもとの雫の世語を・・」とあり、ご文章と同じ表現がでていました。

投稿: ちぎれ雲 | 2016年8月14日 (日) 11:56

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