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2016年10月12日 (水)

共感をよばない致命傷

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 どんな言葉でも、間違ってはいないという一面は存在する。でも、信じたものが、井の中の蛙であったなら、あわれなものでありましょう。なにごとも、秩序を維持するため生きる難問は、深く考えれば考えるほどに結論がでないということは、よくあること。

なまじ、簡単な言葉で片付けようとすると、おもわぬ落とし穴に落ちることもありますね。さきごろ寂聴さんは、死刑の廃止を訴えて、「殺したがるばかどもと戦って、」 という発言をして、ひんしゅくを買ったのでした。うっとうしいような正義感にみえました。

いってみれば不特定多数の中にむかって言ったのでしょうが、一般人を殺人鬼のものども、とさげすんで見ているにひとしく、ばかども、とひとりよがりで軽蔑をあらわにした品のないものでした。

大人と子どもの違いは、なにもわからず駄々をこねるか、それとも見ている世界の違いでしょうか。大人はものごとを知って、たがいに存在を認め合って生きるようとすることでありましょう。

幼児性そのものでした。幼児性がすぎますね。日本弁護士連合会に乞われて、嬉々として出てきたのでしょうが、度を失った行き過ぎは、逆効果でありましょう。

 

 

 

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