« 言葉を離れて目指すもの | トップページ | いうほどに信頼がゆらぐ »

2016年11月22日 (火)

ひとりの人間への賛歌

161122a


 ただただ生きて帰りつくこと、幼い3人のこどもをふるさとに届けることに心血を注いだノンフィクション「流れる星は生きている」(中公文庫)は、感動の書だった。新京から釜山(1300キロ)に至る母子の脱出行は、昭和20年8月からはじまって、たどりつくまで1年かかった。

途中、冬の極寒の中、失意のうちに葛藤する人間模様の悲しさを見た。途上ついに力つきるものもある。著者は、生まれてひと月の女の子の赤ちゃんを背負い、3歳と6歳の男の子をつれて三十八度線を突破する。胸まで水につかって河をわたり、飢えにさらされ、栄養失調のためこどもたちの皮膚病が絶えない。自分も子どももけがをした足で、悪路に難渋した。

やがて船は博多港についた。博多から門司までは貨車に乗り、門司から列車だった。そして、朝まだ早いなつかしの上諏訪の駅についた。家に電話をしてもらった。弟たちや妹がかけてきた。もう涙で前は見えなかった。

 ・・・・・

父の声が聞こえたり、母の声が聞こえたりする。
 「しっかりしなさい、てい子」
 「さあ、しっかりつかまって」
私は両親に両方から抱きかかえるようにささえられて霧の深い町を歩いて行った。
 「もうこれ以上は生きられない」

 ・・・・・

藤原ていさんは、この本を遺されたことで、当時の様子を写されて貴重な一冊となった。悲運に翻弄されながら人間の尽きない可能性を示された。人々に感動と勇気を与えられた。ここにひとりの人間への賛歌を思うのでした。藤原ていさんは、この15日に旅立たれた。98歳だった。

 

 

 

|

« 言葉を離れて目指すもの | トップページ | いうほどに信頼がゆらぐ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/126209/64527130

この記事へのトラックバック一覧です: ひとりの人間への賛歌:

« 言葉を離れて目指すもの | トップページ | いうほどに信頼がゆらぐ »