« 一葉の月の夜 | トップページ | 公序良俗にそむく選考 »

2016年12月 2日 (金)

インプットとアウトプットの人生

161202a_2


 人は日々、おもしろおかしくときにまじめに懸命にいきているけれど、他人なしでは、どうにもならない。絶えず出会う他人から教えられ与えられて生きている。

「杏の気分はほろほろ」という本のはじめのところで、このところ仕事のアウトプットが多かったから、プライベートでインプットする時間をとる、と書いてあった。演技やスピーチ、ダンスのレッスン、美術や舞台をみたり、読書などをしてインプットするというのです。ひとにも、アウトプットとインプットがあるのかと、ちょっと虚をつかれた感じがしました。

なるほど、杏さんの何気なくいうその発想はおもしろい。インプットもアウトプットも他人なくしては成り立たない。からだの中に記憶装置と演算装置があって、ひとを動かしている。インプットが無ければ、メモリーが書き換えられこともなく、答えはいつも同じで飽きてくる。新しいものを得ることは楽しいですが、記憶はときに人を裏切るともいいますから、たえず活性化して最新版にしておくことも必要となってくる。

だから何かをインプットしたいという欲求が大事。
アウトプットは、はい、わたしの番です、という生きている証しのようなもの、いわば他人に与える責任の立場になる。いやいやそうは言っても、それは、若ければこそ、年をかさねると気力を維持するのが精いっぱいです。

 

 

 

|

« 一葉の月の夜 | トップページ | 公序良俗にそむく選考 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/126209/64572185

この記事へのトラックバック一覧です: インプットとアウトプットの人生:

« 一葉の月の夜 | トップページ | 公序良俗にそむく選考 »