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2016年12月13日 (火)

ものを壊すことへの執心

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 なにごとによらず、ものをつくることは楽しい。ものづくりは、才知をめぐらす創造であり、前進であり秩序を生む。しかし、無暗にものを壊すことは、短慮による喪失であり、後退でありかつ秩序を失う。

先に、福島県泉崎村にある神社の石像などを壊したとして、福島県警白河署は10日、韓国籍の男を、器物損壊と建造物侵入の疑いで逮捕し、発表した。容疑を認めているという。たとえ偶像を忌避するとしても、時代を経て神聖なる石像を勝手に壊すことは許されない。

韓国の民衆が朴槿恵大統領の退陣をもとめるデモを行って、ついに国会の弾劾訴追案可決により職務停止になった。そこまでするそのエネルギーはなんだろうか。煽動による情動か、正義感がそうさせるのか。とにかく倒すとなったら、執念を燃やすようだ。

韓国では、過去の仏教の遺跡も朝鮮王朝時代にことごとく破壊された。日本統治時代の堅牢な建物も壊された。民団による教科書破壊工作という動画もある。いまにつづく反日行動を煽るものもまた、いわば秩序の破壊を目指しているにちがいない。

韓国の政権が変われば、慰安婦合意も一方的に破棄されるやも知れない。いつまでそんな益のないことをつづけるのだろうか。もう壊すことは、やめられるがよい。

 

 

 

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