« 公序良俗にそむく選考 | トップページ | ものを壊すことへの執心 »

2016年12月 9日 (金)

枝葉末節と本質のやりとり

161209b


 万事控えめがよい。だいたい自己顕示欲が過ぎると、往々にして墓穴を掘ることになりかねない。先の安倍首相との党首討論において、蓮舫代表の発する批判は、その身に返っていくようなものだった。

首相に向けたその質問の最後に、よく息をするように嘘をつく。気持ちいいまでのその忘れる力を何とかしてくださいよ。と言って終えた。それは、氏の過去の発言に照らせば、勢い余って自滅するようなもの。党首討論は、安倍首相が言っているように、予算員会などと違って、質問に答えるやりかたではなくて、対等の立場で討論するもの。であるなら、質問に終始するより胸をはって討論すべきを、批判だけが目だった。

その中で、総理のその答えない力、逃げる力、ごまかす力、まさに神っています。ちゃんと真っ正面から答えて下さいよ。というのは、自他とも品位を落とす最たるもの、他人がつくった言葉の羅列、知的創造力はみえない。蓮舫代表の短絡的な枝葉にかかわる質問に、そのまま答えないのもテクニックのうち、下手にその手にのれば、欠点、失敗の応酬、泥仕合になって品位は落ちるでしょう。

首相の答えは、事の背景や効果など、本質を説く討論だったように思います。その意味では、蓮舫代表の質問が、安倍首相から、全体のあらましや成りゆきをおぼろげながら引き出したのは、それなりに蓮舫代表の存在意義があったいうものでしょう。

しかしその答えは、追求する側に立つ人たちには、どれもこれも都合が悪かったようで、議場も新聞も荒れ模様でした。

 

 

 

|

« 公序良俗にそむく選考 | トップページ | ものを壊すことへの執心 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/126209/64602207

この記事へのトラックバック一覧です: 枝葉末節と本質のやりとり:

« 公序良俗にそむく選考 | トップページ | ものを壊すことへの執心 »