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2017年1月31日 (火)

やることが行き過ぎ

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 デモというものは、単に意思表示であるなら、それはそれでよい。しかし、何が何でも、それしか許さないというなら、それは不可、それは個人主義の行き過ぎ。

過去は過去としてその意味をもつが、いま国会開会中、過去よりもいま目の前になすべきこと多く、それにまい進すべきを、予算委員会で10年以上まえの発言記事をもって、政権を突くのは、ただただ、ひとを見下げ心の愉悦か、つくろっても底意地がみえる。

沖縄の翁長知事は、基地は造らせないことを訴えるといって、またも首都ワシントンに向けて飛び立った。ここに、WIIL1月号の記事がある。

「いいですか、知事さん。沖縄県は四十七都道府県の一つですよね。ということはあなたが陳情に行くところは、ワシントンじゃなくて、東京でしょう。なぜワシントンなんですか。あなたは独立国の国王じゃないでしょう」

そうそう、これはなんとなく息が楽になる。政治評論家加藤清隆氏のことばに知事は反論できなかったという。いかに沖縄の首長とはいえ、行き過ぎ。やることが同じ日本人のひとりとして、はずかしい。

 

 

 

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