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2017年1月12日 (木)

旧態依然から脱するとき

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 思い切りがよくさっぱりとしている。そういういさぎよさをよしと考える日本人のひとつの特徴がある。負ければくやしいけれど、未練がましいふる舞いは、ちょっと恥ずかしい。

何をしたら美しいか、美しくないか、そういう美意識をもつようになったのは、たぶん、歴史の中で育み受け継がれてきたものだろう思います。江戸時代の武士の毅然としたところ、体面を重んじ、鷹揚としたところが、庶民に影響を与えたのではないだろうか。美意識というものは、人の行いを律するともいえます。

そのような倫理観をもっているのは、日本以外ではみられないと、呉善花さんがどこかに書いていました。

かのくにでは悲しいかな、両班の搾取が横行した社会ゆえか、美意識が育つ間がなかったか。いつも、価値観の違いに愕然とする。言動も情熱もまったく理解を超える。それは、彼のくにの為政者による教育のよるものにせよ、事実誤認にもとづく不当な言いがかりは、われらは無実の罪を着せられるにひとしい。

もっとも、大新聞と目される新聞の歪曲情報があったにせよ、いまにいたるも、みるものを見ず、正すものを正さず旧態依然によりかかろうとする姿勢にこそ、かれらにもわれらにも悲しみがある。そこに未来は拓けない。もう怒った。それでよい。

 

 

 

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