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2017年2月 7日 (火)

迷走に入る無理無体

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 もうどれほど歩いてきたことか、青い鳥はどこにもいなかった。気がつけば、はじめからそこにいたのだった。

 あらゆる技術には、ある時点までゆくと、これ以上の発展はないというところに行きつく、たとえば蒸気機関車がそう、電車のモーターの原理だってそう、つまりそれが最終到達系の技術といわれるものです。その最終到達系にあるものを、さらに発展をもとめる努力は、まったく無駄をというものでありましょう。

今日の朝日の社説は、「辺野古着工 沖縄より米国優先か」と題して述べていますが、結論として文末は、「政府がなすべきは、沖縄の声をトランプ米新政権につたえ、辺野古以外の選択肢を真剣に検討することだ。工事を強行することではない。」と結んでいます。

いまに至っても辺野古以外という。辺野古V字案は、ながい年月と熟慮の末に、最終到達系として導かれたものを、政権交代後の「最低でも・・」というひとことで、迷走に入ることになったのでした。
青い鳥を捜せという症候群からぬけだせない。それが中国を利するのか、日本を利するのか。有るものを捨てて、無いものをもとめるのは、無理無体というべき、大いなる過ちでありましょう。

 

 

 

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