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2017年3月19日 (日)

ふと甦ることば

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 ひとつの言葉が人生に潤いをあたえる。なんでもない日々の会話の記憶が、ふと甦るとき、こころの中に清水が流れるような気がします。だれしも親から子へ、そして孫へと伝えれらていく日々のなつかしい言葉づかいがある。

でもそんな言葉も時代とともに忘れられようとしている。青木奈緒さんの『幸田家のことば』(小学館)を興味ふかく読みました。幸田露伴から、幸田文へ、そして母青木玉さんへ伝えられた言葉の数々を、奈緒さんが想い出ふかくつづる。

その中のひとつ、・・欲と道連れ・・というのがあります。『分相応を知った上で、わき起こる欲を抱え、前を向いて歩くのが人生。欲に振りまわされるのは愚かだが、欲がなくなったら人は終わり。』、母が、「欲と道連れ」を言い出すときは決まって楽しい思い出となった。ということです。

また、・・「包む」には庇う心がある・・と書かれています。人はひと皮めくれば生身の本質に近いものがでるけれども、蔽うこと自体は悪いとばかりは言えず、大切なものをまもる意味もある。と書いてある。

そんなその家で普通に使われていた言葉がいくつもでてきて、新鮮な時間が流れていて、いきいきとしていて引き込まれます。話し言葉は、しらずしらず心に響いてこそ価値がある。

先日亡くなった三浦朱門さんが、「リンゴの花びらが風に散ったよな」という日本の風情は英語に訳せるものなのかなあ、といったと雑誌に載っていましたが、このことばも、だんだんと薄れつつあるのかもしれません。思い出せばこの言葉、みずみずしい感じがします。津軽むすめは泣いたとさ、と聞けばしみじみと心が落ちつく気がします。

 

 

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