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2017年4月21日 (金)

もとめるということ

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 何かを求めることが人を動かし、あらゆるものが成長してゆく。日本刀が、刀身はもとより鞘、鍔にいたるまで、美術品と言われるまでの高い水準に到達することができたのは何故か。呉善花さんはつぎのようにいっています。

そこには需要レベルの高さ、求める側の目の高さがあったはず。日本人の需要レベルの高さが、物づくりの水準を高める役割を果たした。と、なるほど、ひとびとがつねに未来への可能性にあこがれを抱いて、求めつづけてきた結果なのでありましょう。

もとめることが、よりよい方へと成長をうながし今があるのだろうと思います。一方で、いまの情報の渦のなかでは、かならずしも求めていないものを、与えられることもあるけれども、それはびっくり水のようなもの、あるいは旨味をだすための塩かげんのようなものかもしれないです。

いま北の情勢がどうなることか心配ですが、金日成、金正日、金正恩と三代にわたって続いてきましたが、その間、民が求めるものが得られたのだろうか、いやいや、多くの餓死者もでたという、そもそも求めることが許されたのだろうか。

かくも永き圧政のもとではひとりひとりの成長の芽がそだつはずもない。文化はどうか、理性や情操は醸成されるのか、非常に不安です。なんとかうまく脱出できればと思いますが、それまでの時間のロスは如何ともし難く、脱出できたとしてもかれらにもわれらにも前途多難がまっている気がします。
いつの日かさわやかな風がふくことを期待します。

 

 

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