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2017年7月16日 (日)

夏の記憶

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 7月も半ば梅雨はまだ明けぬらしいけど、夏の盛りのように暑さも暑し、日差しはできればよけて歩きたいけれど、なかなかそれもままならない。それでも夏は、戸外へとひとを行動的にさせる。広い芝の広場、そのわずかの日除けの中にこどもたちを遊ばせている。目のくらむような夏のまぶしさだけど、空には白雲が流れている。それは夏の思い出の歌が聞こえてくるように、遠いむかしのふるさとをおもい起こさせる。

海につづく真っすぐな土手の白い道、夏草の中でキリギリスが時を刻むように鳴く、その声なつかしく思い出す。いまは、ついぞそんな機会もない。

それでも夏らしい夏はたぶんみじかい。だから、つとめてそとでてみたい。そして汗を流したあとのカラッとしてさわやかさを感じるのもいい。ためしてガッテンでやっていたけど、外にでてからだを動かすと、脳にたまるゴミを掃除してくれるのだという。それはいいことを聞いた。でてみれば、日傘のひとが歩いてゆく、それも涼しげな景色にみえる。

 

 

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