« 2017年8月 | トップページ | 2017年10月 »

2017年9月

2017年9月28日 (木)

ちょっと心配

170928a


 ひとそれぞれに人生いろいろなんですね。人はみな生きる力が光っています。昔からひとびとが生みだしてきた芸術にしても、世につれうたわれた詩歌にしても、涙がにじんでいます。その風土が生きて、この国を形づくってきました。

幕末から明治にかけて、ひとびとは、闘志に燃え命をも惜しまず活躍した。魅力ある男たちだった。よく勉強もし、深く考え抜いた。万国の法に照らし律儀に行動した。それらの意気を引き継いで、いま、努力の結果、やっと世界から一目置かれ、期待もされるようになってきた。

思考とその産物は、よい風土の上に培われる。それはたゆまない継続にあると思います。希望の党の代表小池氏は、「しがらみ」と「リセット」という言葉で印象づけようとしているようにみえます。言葉に一種の蔑称をただよわせて、対立を鮮明にする姿勢、そして自分が正しいという思いが見えるけれども、その目指すものが何か、不鮮明で、せっかくの大切なものを壊すような危うさを思います。

為政者が行うべきは、大衆うけではなく、情ではなく、政党の優位性でもない。高度な洞察と知力をめぐらして政治的判断によって実行されなければならない。それを見分けるのは、なかな難しいけれど、それは実績が物語る。その良し悪しの判断にゆだねられる。いまの道をゆくべきか、それとも帳消しを推すのか、どうなるのか、まさかとは思うものの、ちょっと心配です。

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年9月25日 (月)

劣化の道は避けたい

170925a


 優位に立つためなら、事実をまげてでも、いたるところで宣伝する。約束は保護にする。うその碑文を立てることに執心を燃やす。ただただ、足を引っ張ってやろうとする。あれもこれも自分のものと、所かまわず手をのばす。空威張りで威嚇する。外にはそういう、敵意を隠さない国柄もある。内にもその空気はある。それを利用する国もある。

いかにそれぞれの価値観は多様といっても、それはおかしい。それはだめだといわなければ、かれらのためにもならない。
世界の最高の目的を、平和と繁栄に求めるなら、秩序は不可欠だと思うからです。

やはり、それぞれの政党も、日本という国の代表を背負って立つという意識はもっているはず。だから、肝心なことは、結論をだすための大前提、それは日本人であることに置くべきでしょう。他国を理解しても、おもねることはいらない。つまり国の形は自ずと定まるはず。

さきごろの論戦をみるにつけ、手段が目的化して、些末なことで、ただただ足を引っ張ることに終始する世の動きは、無駄であるばかりか、劣化の道を進んでいるような気がしてなりません。衆院解散は、その警鐘かもしれないと思います。

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年9月21日 (木)

創造を追うもの

170921a


 ものを壊すことは簡単、ものをつくることは難しい。難しいけれど、何ごとによらず、ものをつくることは楽しい。創造は、感性と生きる力の結晶でありましょう。ひたむきに、そういう青春を追うものは、創造という才能の光を放ってすがすがしい。

先日、9/18(敬老の日)に放送されたNHKの 『 特集ドラマ 「眩(くらら)~北斎の娘~」 』 を見ました。北斎は長塚京三、北斎の娘お栄は宮崎あおい。女の身で絵師として生き抜く姿が描かれる。そこには容易ならざる世の風あたりもあるでしょう。お栄は、真剣そのもの、着ているものも、話し方も、身のこなしも男のようにふるまう。その形の自然さと、美しさが時代を彷彿とさせて共感をよぶ。

創造を追うものには、刺激が作用する。偉大な父北斎を思い、自分もそうなりたいと葛藤、独白する。お栄は見た。ものには光と影がある。色も違う。お栄の秀逸な才能がひらく、燈篭のあかりと影に人物を描く。たぶん、月の絵をのぞいて、夜の景を描いた絵師は、洋の東西を問わずいなかった。だれもが思いつかなかった斬新な発想だった。まさに創造する力を発揮した。

このドラマが作られたのも、関わった人たちの創造の努力のたまもの。宮崎あおいは、こころの動きをよくあらわす。たぶん、役づくりの上で、研究熱心なのでしょう。いいものを作りたい。彼女もまた優れた創造力の持ち主だと思います。

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年9月18日 (月)

海をみること

170918a


 目の前に広がる景色。船がゆく。ずっと向こうの構造物は、様々な形をなして連なってそこにある。それがいい。波は寄せては返し、絶えることがない。海は、ただ、眺めるだけでこころは彼方にある。

ここは横浜、臨港パーク。柳原良平さんもこの海を毎日みていたことでしょう。船が好きで、夢馳せるような船の絵をたくさんのこしていますね。かれは、エッセイの中でつぎのように書いています。
 「宣伝している酒に自分で酔って、月給を削られて、二日酔いの毎日で、人に嫉妬羨望されているという奇妙奇天烈な歳月、これを愚行の連鎖といいます。」

 考えてみれば、そのようなこと、酒におぼれずとも身に覚えがある。なかなか、思うほどにうまくはいかず、まあ、愚行といえることもしばしば。海をながめることは、人のなぐさめかもしれません。このひとたちは、外国の方たちのようでした。ふと、時間が止まってみれば、うしろ姿というものは、人の本当のすがたが表れているように思えてきました。

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年9月15日 (金)

わけがわからない

170915a


 一体、何をやっているのか、何を言っているのか、わけがわからない。衛星写真の夜景をみれば、世界はこうこうと明るい光に満ちているけれど、北朝鮮だけが真っ暗、そこに何もない暗い海のようにみえる。

北の人たちが時代に乗り遅れ、外の繁栄の陰に隠れて、おそらく恵まれぬ環境の中にあることを示している。その写真は、悲哀を感じざるを得ない。暗黒は、時間が止まってしまったようだ。

それでも自分たちは、間違っていないと必死になって、世界に反抗している姿は、困惑するしかない。国連の制裁決議に反発して、北朝鮮の朝鮮アジア太平洋平和委員会は、「核爆弾で日本を海へ沈め、国連を廃墟にして暗黒にする」と豪語する。威嚇する。

一体かれは、何を言っているのか、何をやっているのか、わけがわからない。日本を海へ沈める? 国連を廃墟にする? 地球も壊す絶対的力を持っている!? かれは、できないうそを平気でいう。正気か。

警戒心、猜疑心が強く、被害妄想的な不信感のかたくなさ、すごい能力を持っているという自意識過剰。世界は気づきはじめる。妄想性パーソナリティ障害に符合する。

まともに相手にする気が失せる。そう、医師でなければ、対話はなりたたない。難物だ。刃物をもたせてはいけない。はてさて、弱った。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年9月11日 (月)

ほどほどがいい

170911b


 自分の信じる道をゆくというのは悪くないです。そう教えられてきましたから、でも、世の中それで押し通せるかというと、それは難しいです。もっている情緒と視角によって個々の道はさまざまでしょう。とかく、みんな同じように思っているはず、と思っても、実はそうではなかった、ということはよくあること。

ひとには能力の限界と未熟がついてまわる。やっぱり無理に通ろうとすれば、あちこちでぶつかる。さきごろ、東京新聞の望月衣塑子記者が、菅官房長官に執拗に質問を繰り返すという記事があった。そして今度は、朝日の記者が加わったという記事がでている。そんなの、「権力と戦う」というのは、自惚れだ、自己陶酔だ、と手厳しい批判記事もあった。

自分の思いを他に強いる行為は、無知な行為、傲岸不遜に映ることもある。いつかのテレビで、高校野球の監督だったと思いますが、「通してならないのは我意」と選手たちに教えていました。我意はいうなら、わがまま。ものごとの断片を見て、分かったような言葉を吐く、それが人を惑わす。それは雑味の混じったコーヒーのようなもの、飲むに価しない。

ものごと、いいのか悪いのか、考えてもわからない。自分を信じるしかないけれど、やっぱり、ほどほどが、気持ちが落ちつく。本当のことは、ほどほどの中にあるような気がします。

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年9月 7日 (木)

季節はすぎゆく

170907a


 ことしは思いのほか大輪のあさがおがよく咲いた。いつだったか、冷たい秋風のふくころ、いつ芽生えたのかも知らず、小さなあさがおが一輪咲いたことがあった。ちょっとおどろいた。季節はずれによくがんばったものだ。

それを見て、ことしはあさがお棚を遅れて作ったが、天候不順もあって、花のひらき方が弱い朝もあった。昼になっても螺旋形のつぼみは、ほどけそうでほどけない。

そんな日もあったけれど、ひと夏、つぎからつぎと、咲いた。きょうも咲いている。みると今は、ところどころ葉は枯れおちて、すき間ができた。蔓と黄色い葉っぱがめだつようになった。
小雨、季節は少しづつ過ぎていく。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年9月 4日 (月)

ルールという文化

170904a


 ひとは多数の中で生きている。よって人類は相互の関係が重要で、そこから自ずと秩序ができる。それは歴史の流れによって、知らず知らずにできるルールによって保たれる。ルールに従えば、ものごとを円滑にまわり、かつ自己が守られる。便利なものだ。

北挑戦は水爆実験を成功させたと誇らしげにいう。しかも笑顔で。あれをテレビで見れば頭が変になりそう。かれをそのように駆りたてるものは、おそらく、王朝を模する治世への正当性の弱さを自覚、自己に向く不信を自覚するがゆえ、それが外への不信を大きくしているのではないだろうか。かれが生きる道として、不信を最上とするなら、他を欺くのも当たり前、なんとも思わない。

かれらにはルールという文化が育たなかったのではないか。そこにかれらの不幸があるような気がする。世界は平穏を模索してきた。それもひとつの暗黙のルール。なのに彼は逆上する。どうしたものか。

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2017年8月 | トップページ | 2017年10月 »