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2017年11月22日 (水)

望ましい独自の意思を

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 夢ふくらませ過ぎて情念となることはあるかもしれない。十人は十人の因果を持つ、と漱石はいったけれど、ひとは理想というものに心ひかれて、ないものをあるかのように思い描くこともあって、見える景色はじつに人さまざまでしょう。

人の関係のなかにいて、感情に濃淡の差があるのは自然のこと。その多数がみる景色と、少数がみる景色は異なっても、おそらくそれぞれに一理はあるのでありましょう。

いま国会の質問時間の配分が問題になっているようです。いままでの予党2、野党8、の配分から、5対5にする与党の案に、野党が強く反対しているようです。野党のひとたちの見る景色と与党のそれとは、必ずしも同じではなく、論戦において、持つ思想ゆえに野党からは、出るはずのない言葉が、与党にあっても不思議はないです。

多様のなかから一つの答えを出すには、やはり機会は均等が望ましい気がします。国会の論戦にいどむなら、少なくとも、問題ありの偏向した大新聞、一部偏向テレビに同調するような反日色のない人たちであってほしいです。なぜなら外の影響を受けずに、独自の意思を示してほしいからです。

 

 

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