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2018年2月24日 (土)

度が過ぎる言葉

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 寛容には、広いこころがあり自由がある。寛容をもってのぞめば、いつか開花する可能性を生む。かつてこの国は進取の気性をもって、西洋の文明を学び、その変化に対処する柔軟性と、多様を良しとする寛容をもって発展してきたのでした。

しかしここにきて、飽食の時代に寛容をわすれたかのようにもみえることがあります。何かことあるごとにデモが起きます。デモというもの、単に意思の表明であるなら、それでよいです。その主張には、いくらかの真理を含んでいるのでしょうから。しかし、それしか許さないというものであるなら、それは不可でしょう。

なぜなら、それは多数を前にして、個人主義の行き過ぎ、傲慢ではないかと思います。「アベ政治を許さない」、このことばは、度が過ぎています。庶民の秩序と道徳に対して著しく逸脱していると思います。どれだけ尊大なのかと思います。言論の自由といっても、たぶん、秩序と道徳を壊す自由はないはず。その言葉の流布は、ものごとへの不感を助長しているような気がするのですが。

 

 

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