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2018年3月16日 (金)

春の日の風

180316a


 行きずりの親切というものはありがたい、たとえその人が悪いひとであってもです。旧くから、渡る世間に鬼はなし、といいますから、わが国はひとに親切であり、遠慮もあって寛容でもあります。つまり島国ゆえに性善説にもとづいて行動する伝統があると思います。

なのに、いまの政争は、同胞であるのに、ただ悪い人に違いないという風がやまないのは、どういう風の吹き回しでありましょう。なんだか視野が狭いような気がしますが、新しい風をもとめて明るいところに出てみれば、とても呼吸が楽になるのでございます。

 

 

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コメント

こんばんは!
ほんとうにくだらないですねぇ。
森友の追求よりも、まだ外交や安全保障問題をはじめとして、議論して前進させなければならないことが沢山あるのに・・・。
まるで鬼の首を取った様に目の色を変えて・・・。
とどのつまり、役人が忖度しただけという結論は見えているのに。
本当に嫌になります。
あぁ、テポドンでも落ちれば目が覚めるのになって思ってしまいますよ。

投稿: FUJIKAZE | 2018年3月19日 (月) 21:56

FUJIKAZE さんコメントありがとうございます。
読売やロイターは書き換えと伝えていますが、他のメディアは、改ざんといっていますね。まるで重大な不正があったように。森友文書の件、私は、そんなに悪いこととも思えませんが。あれは、悪意はないし、私利私欲もない、残すべき文書としては曖昧性と欠点のあるもので、本来のあるべき正しいものに直したものではないでしょうか。
いうなれば、これが正しい文書として当然のことがなされたように思います。瑕疵や不必要な内容があった場合、修正まかりならない、というのはおかしいと思いますが。

投稿: ちぎれ雲 | 2018年3月20日 (火) 08:27

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