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2018年4月16日 (月)

自然の必然性への共感

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 やはり純粋なものには、真実があるような気がして気持ちが落ちつく。ひとつの風景として空の青は、遠く透き通って心を広くする。先日見た、TBS系「プレバト」の俳句。

  『空のあお 富士の蒼へと 飛花落花  梅沢冨美男』

 この句、見上げれば、青空を背景に桜の花びらが散る。風に吹かれた花びらは、遠景の富士山にかかり、グラデーションは蒼に変わる。そして花びらは地面に落ちる。美しくはなやかでありながら、はかなさもみえる。そういう景色が想像できます。それは目のまえの自然の必然であり共感できます。

こういう句に接すると、古い人間ですから、こよなく晴れた青空を悲しと思うせつなさよ、という歌がよぎります。

  『花震ふ 富士山 火山性微動  東国原英夫』

 深淵な発想で1位に推された句です。梅沢冨美男さんをして恐れ入りましたと言わしめた。私にはあまり響いてこないのですが、火山性微動にしてもそうですが、いくつかの過去の句にしても、彼の作句の心には、何ものかに対する反抗心のようなものが潜んでいるような気がするのですが。

何となく胸騒ぎがする句が多い。やはり、空のあお・・・、の方が景色が澄んでいる。ありのままを純粋に詠んだものが好みです。

 

 

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コメント

  花震ふ 富士山 火山性微動

つらつら思うにこれは理屈ですね、たぶん人の目には、花震ふ、は見えないでしょう。
ひらがな一文字だけで詩情をだすのはむずかしい。

小沢昭一さんの句に漢字だけの句があります。

  校長満悦 洋裁学校 潮干狩   変哲

これは絵がみえるようでおかしい。
いまとなっては時代を映した句だと思います。

投稿: ちぎれ雲 | 2018年4月18日 (水) 09:20

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