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2018年4月12日 (木)

人のまじめも知らぬげに

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 桜が散れば、あとは若みどりが増すばかり、しだいに桜前線は北上をつづけ、やがて北国にも花がさく。それはだれしも待ち望んだこと。古のひとは、静こころなく花の散るらむ、と詠んでいます。そんなに散り急がないで欲しいということでしょうか。

静かなる心で自然と会話するのは、ひとつの伝統としていまもつづいているけれども、その願いは、自然のなりゆきにまかせるしかない。ひとはみな今日明日のために、黙々と精をだして米をつくり、野菜をつくり、花を育て、魚を獲る。みなまじめに働いている。

一方、いま何ごとかといえば、過ぎ去ったことを推し計っていつまでつづくとも知れない森友、加計などの愚問。ただ、静こころあれと望むばかりです。

 

 

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