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2018年5月23日 (水)

ざわざわと吹く風

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 人はそれぞれで、わがままで、わからず屋の面をもっている。それが個性であり、生きている証しでありましょう。人の価値として必ずしもわるくはないです。その自意識はすべての活力の原泉、自意識をなくせばやる気はでません。ただ、人はひとりで生きているわけでもなく、それで押し通せないことも知っている。

だから、皆、ほどほどを知っている。ほどほどには反発がなく、意は通じ、なるほどと思わせる。それは無駄ではなく、時間の流れの中でゆっくりとこなれて互いの滋養となっていく。

しかしいま、ほどほどを忘れて、わがままも、わからず屋も、たがが緩んだか、勝手きままに歩きはじめた。それで不信を誘発し、なんだか世の不合理を生んでいるような気がします。

何を求めようとしているのか、ただの愉快のためか、自ら高めるものはもとめないのか。
よってたかって人のことを、怪しいという風ばかり。それは、余人を巻き込んで壮大な時間の浪費、劣化の道のような気がします。
できるなら、風はさわさわと爽やかに吹いてほしいです。

 

 

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