« わがままな風 | トップページ | 初夏の緑の中へ »

2018年6月14日 (木)

雨と睡蓮

180614a


 睡蓮の池に雨が降っている。一面に、無数の波紋ができては消え、消えてはできる、静と動の風景。雨の中もまたよしです。喧噪で雑多なただ中にいても、厭うことはない、過去も未来もない、ただその一瞬に没頭して生きればよい、という森下典子さんの書、あの 「日日是好日」 を思いだします。

移りゆく季節を味わうこと、今ここにいること、このままでよい、ということ、雨の音を聴くということ、そこにこそ、自らが、さえぎるもののない自由の中に生きていることに気づく、という。

先生は何故そうなのかは言わない。それは、わたしたちを自由に解き放つことであったと。実はすべては自由だったのだ。

私には分からないこと、知らないことも多いはずだけど、雨の落ちる水面と、スイレンの花をみれば、なるほどそうか、今を味わうことか。それが濃密な時間となって、いつか目からうろこ、ということもあるかもしれないと思うのです。 (明治神宮御苑) 

 

|

« わがままな風 | トップページ | 初夏の緑の中へ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/126209/66827844

この記事へのトラックバック一覧です: 雨と睡蓮:

« わがままな風 | トップページ | 初夏の緑の中へ »