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2018年12月27日 (木)

再生の水

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 心やさしいくらしをした人は、やさしい言葉が自然にでてくる。非道なことをしてきた人は、非道な言葉が簡単にでてくる。育ちの違いは自ずとあらわれて、騙される方がわるいという思い込みは、つまりは騙す方が頭がいい、と勘違いして、嘘を平気で言う、なかなか憐れなものです。

「恨」 の感情は、過ぎれば不浄というもの、きれいな水で洗い流すべきものです。そこにしか再生の道はないと思います。ことの原因は外だけにあるものでもない、内にも原因を秘めている。

日本には諸行無常の教えあり、万物は流転するという言葉もある。浮世かるたの浮き沈みとか、そういう世の中と知れば、再生の水はどこにも湧いている。

みていると、そのむかし活気を呼び起こし、納得ずくだったものを、はるか時がすぎて、あれやこれやとシナリオを創作し、「恨」 をクリエイトして心を掻き立てようとする。

それは無駄な努力、先を見る術をしらない無為無策、恥ずかし気もなくゴールポストを動かすという無際限の不合理。

(写真は自宅から30分ぐらい、横浜・港北の緑道、空気がきれい、この先、水鳥のいる池につづいています。)

 

 

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