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2018年12月17日 (月)

現実から遊離した独善

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 ひとの心のやっかいなところは、先入観と自尊と打算がじゃまして素直な心になりにくいことでしょうか。このほど、韓国において日韓議連の総会が開かれました。

日本をさげすむことしか頭にない能力の限界の悲しさ、こちらがいくら言ったとて、馬の耳に念仏の感がありました。70年余で時計が止まってしまって、住む世界が違えば、話して通じるはずもないです。韓国がどれほど言葉を弄したとて、現実から遊離した、ものを見る目ほど、互いにとって有害なものはないでしょう。

そして沖縄では、玉城デニー知事が、辺野古に土砂を投入したことについて、激しい怒りを禁じ得ない、県民の怒りはますます燃え上がる、と言ったと伝えられる。これも言葉を弄している。その県民とは、あの過激闘争集団のことか、それとも新聞人を指しているのでしょうか。

とても、品位ある言葉とは思えないです。いかに善意であっても、民意だと言ってみても、自国の防衛を全然考慮しない態度は、独善というしかないでしょう。そういう態度は、力を持って世界を支配しようとするものを前にして、日本、沖縄だけにとどまらず、世界の平和にとっても、有害でありましょう。

また、知事は、辺野古移設の県民投票に熱意を示しているけれども、安全保障は、国の存立の基礎として極めて重大な、高度の政治判断でありましょう。それを県がひっくり返してよい、という権限はないはず、それを自覚しているはず。

なのに、辺野古移設にイエスかノーかと県民に問うのは、秩序の破壊というか、県民をそそのかすに等しいと思います。やはり疑問に思う人は多いのでしょう、沖縄の市町村のいくつかが、県民投票に反対しているというのはすくいであります。

 

 

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