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2019年4月

2019年4月29日 (月)

ときどき息抜きが必要

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 外に出ることは、広い空間に身をおいて自由になる、いわば、身の解放です。それはとても必要なことで、身も心もほぐれてリフレッシュできます。楽にすること。人生には無駄が必要です。

無駄は潤滑油であり、一種の遊びであります。この効用は大きくて、人の心を穏やかにすると思います。ひょっとして、若さ保つことになるかもしれません。なにごとも、考えた末に行うプロセスが大事であって、成果主義だけでは中々うまくいかないと思います。

まあ、現役から退いたから言えるのでありますが、だれでも、無駄をなくせ、といわれれば、つらいものがあります。

いい加減に、税金をドブに捨てるのはやめてほしい、という人もありまして、それは、ちょっとその人の言いすぎのような気がします。そういう言葉づかいは、簡単には信じられない気がするのでございます。

  

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2019年4月24日 (水)

新緑の瑞々しい景色

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 武蔵国分寺あたり、林のなかでうぐいすが鳴いた。ひと声聞いて待つと、また鳴く。その透き通るような声は、とてものどかで、あたりの空気もさわやかに感じられます。

春、草木は一斉に新緑をつけて瑞々しくやわらかい景色をつくります。自然の景色は静かです。自然の景色は生き生きとしています。主観も客観もない、ただ、よく人と調和する確かな存在があるだけです。

(ここは小石川植物園・・・樹木が多くその中を森の小道がつづく・・)

  

 

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2019年4月19日 (金)

熱き血が流れて

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 春がきて陽射しが強くなってきた。鉢植えのあじさいが、はじめて小さいつぼみをつけたけれど、水が足りないとすぐにしおれてしまう。なぜ、水がないとしおれるのだろうか。あじさいも生きもの、水分という血液がたりないと、しゃんとしないのかも知れない。血圧があれば、膨らんだ風船のように強くなれるのかも知れない。

ところで、社会の不公正に対する怒りが、自分を突き動かしている、とおっしゃる東大のえらい先生もいらっしゃいます。いろんな差別があるとおっしゃっています。ごもっともですが、それは多様ということで仕方がないことかもしれません。差別といえば差別ですけれど、ある意味、差別も平等のうちということもできるかも、おもえば、彼の差別は、すなわち自らの差別だったりすることもあり得ます。

人間、いろんな苦労があって、それを乗り越えていくのが、人間の人間らしいところです。ひとによっては、その風当たりに、耐えられないという人もいるけれど、耐え得ないところを乗り越えるのが人間であって、世の中に耐える必要がないなら、人間の存在価値はない、と思わないでもないです。

世の中、差別というよりは、偏向と言った方が合っているかも知れません。ひとそれぞれですから、偏向は至る所にあります。まあ、ひとそれぞれに、あるがまま、を受けいれて生きているわけですし、弱音をはかず、ひとのせいにしなければ、熱き血が流れて、つよくなれるような気がしますが。

  

  

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2019年4月15日 (月)

チャンス、がんばってください

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入学式は、ひとつの美しい形であります。純粋な気持ちで晴ればれとした感じになるのがいいです。

さきごろ、東京大学の入学式において、上野千鶴子さんの祝辞が話題になって、賛否あるなかのコメントを読んでいたら、
「訓示を垂れるなら、日本にいるから皆さんは、今日ここにいることが出来た。このチャンスを十分今後に生かしてほしい。」 で良かったのではないか、というのがありました。

なるほど、余計なことは言わない、簡潔でいいです。思うに、東大生ですから、やはり学問がその本分でありましょう。科学であれ、芸術であれ、文系であれ、この時しかないと、気もちよく、それぞれの学問に打ち込むことが大事でありましょう。

理論なり、方法なり、研究して真理をつかもうとする心意気を養う、それが応用なり創造につながる。教養が人の心を和らげるなら素晴らしいです。このチャンス、がんばってください。業を修めれば、あとは自由です。

 

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2019年4月11日 (木)

ブラックホール撮影

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 5500万年光年先から届く電波とは、どんなものだろうか。なんと言うその旅の長さ、その波動の生命力の不思議を思います。受信できたものは、ざわざわとした砂嵐が吹きつけるようなものかもしれないです。

日米欧などの国際チームが、ブラックホールの撮影に成功したというニュースは、とても壮大な感じがします。
地球サイズの口径の電波望遠鏡を構成する、意表をつくそのアイデアのスケールの大きさ、そんなことをやっていたのか、という意外性、なかなか面白いです。

膨大なデータを分析して、見えないものを見えるようにする情熱、未知への探求心の結実、いずれもロマンがあって創造的です。一国では成し得ないことを、各国が一つのことに協力し合って、成し得たことは、利害を越えて意義があると思います。

 

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2019年4月 8日 (月)

壊すことよりも持続を

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 明治一代女、大正ロマン、昭和枯れすすき、平成狸合戦、などということばが生まれたように、元号は、その時代に流れていた空気のようなものを彷彿とさせます。過ぎた日の懐かしい時の流れを思うとき、そのよすがとして、元号は人々になじんできたと思います。

さきごろ共産党の志位委員長は、つぎのような見解を発表しました。「元号は、もともと中国に由来するもので、君主が空間だけでなく時間まで支配する、という思想に基づくものである。それは日本国憲法の国民主権の原則になじまないものだと考えている。」

 この発言は、どこかおかしいです。日本においては、元号によって、空間も時間も支配された事実は、おそらくないです。なじまないものだ、というその言葉からは、現状を壊したいという欲求のようなものが、伝わってくるけれど、どこか子どもじみている。いま何よりも、なにごともなく安定していることが大事だと思います。

 

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2019年4月 5日 (金)

悠久の歴史の流れ

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 さらさらと流れる川は人の心を安らかにする。それは遠い昔から変わることなく続いてきました。日々だれでも、気もちよく、できるなら知的に生きようとしてきました。その営みがずっと受け継がれて、醸成される。それが文化というものでありましょう。

もうすぐ令和という時代が始まります。その響きは清流のような感じがします。そんな中、元号は違憲だ、といって弁護士の方が提訴したということです。

その言い分は、「元号は連続している時間を切断し、基本的人権を保障されている国民一人一人の個人の尊厳、すなわち人格権を侵害するものだから、憲法に違反し許されない」と主張する。非常に苦痛で、自由ではない、とまで言う。

これは論理が飛躍しすぎて、何か病んでいるような気がします。元号も一つの文化でありましょう。古いものは価値が高いです。その文化が日本の底力であります。

元号はひとつの時代をつくります。とても便利な入れ物であり、視点として合理的です。西暦にくらべれば、詩的なものといえます。

元号は時代のアクセントであります。ブレス(呼吸)であります。まったく、時間の切断ではありません。そう思います。

  

  

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2019年4月 2日 (火)

感謝と期待

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 新しい年号が決まって、平成への愛惜と感謝、そして令和への祝意と期待の思いがわいてきます。ちょうど桜の季節、やはり純真な気持ちでありたいと思います。純真はくもりがない。純真は大らかであります。そうありたいと思います。

あまり見ないけれど、きのうのNHK夜9時のニュース、安倍総理が出演、キャスターは終始、総理の横顔をにらみつけているように見えた。キャスターと並んで座らせるというこの配置、この演出?、ちょっとおかしい気がしました。

  

  

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