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2019年5月

2019年5月28日 (火)

石垣と城と山の雪

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 甲州はぶどうの産地、車窓から見えるなだらかな緑の丘がつづく景色は美しい。あずさ5号松本行きは、八王子から2時間あまりで信州、松本に着いた。

5月25日快晴、気温33度、松本城をめぐり、城下町をあるく。北アルプスの雪がよく見える。城下のあちこちに井戸があり、湧水が筒からいきおいよく流れ落ちている。手に汲むと冷たい。町の中に水が流れている。

石垣と城の安定感、白と漆塗りの黒のコントラスト、その優雅な景観は、むかしを今に伝えています。この非日常の時間は、みずみずしく心に染みます。日帰りの一日でありました。

  

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2019年5月24日 (金)

イミテーションの尊重

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 司法の判決を尊重する、としか言わない韓国。普遍の価値なくしては尊重すべきものは生まれ得ず、だれがみても、真と理と知、そして公正が明白でなければ、尊重に値するとは言えないと思います。

それ以前に、国と国の約束した時点では、相互に尊重すべきものであったはずを、それは無視する虫の良さは、じつに嘆かわしいです。

思うに、足るを知るものは、おおよそ無欲で、ゆったりとしています。無欲は打算の外、それは人とともに生きるに大事なことでありましょう。けれども、いつまでも物欲しそうにしているのは、どうしたものでしょう。

(東京オペラシティ・サンクンガーデン 回廊)

  

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2019年5月21日 (火)

遠い海と空

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 音をたてて白く砕け、また引いていく波は、ゆっくりと時をきざむようにくり返し、止むことがない。海はどこまでも遠く、ゆたかに広がっている。人は世の有情のなかで浮き沈みする。

遠い海をぼんやりとみていれば、思いは、海と空に溶け込んで無限にうすめられ、もう何も意味を持たぬがごときに忘れさせる。

24歳年下の夫を思い、別々の道を歩む決断、人の情を理解し、人の意を汲むことができること、思えば、それは人としての幸せかも知れないです。しかし、そのためには、どれだけのことを忍ばねばならないのだろうか。

(小田原の海岸、釣り人がひとり)

  

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2019年5月17日 (金)

バランス感覚

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 陽春の中で、むかしの景色に出合えば、気もちがいいです。ここは小田原城の馬出門、美しいと感じるのは、なぜだかよくわかりませんが、これが人の手によって造り出された造形、その整然であり、均整でありましょうか。

この威儀を正したような景観があって、城下が栄え、活気をもたらしたのでありましょう。いうなれば時の権力が、城下の秩序をつくり、文化の醸成に一役買ったのだと思うのです。

最近、ある映画俳優の言葉に、「体制側の立場を演じることに対する抵抗感が、まだ僕らの世代には残っているんですね」
というのがありますが、何かに逆らうのもいいです。そうでなければ、真に新しいものは生まれませんから、そういう壁を破ろうとする力も大事だと思います。

ではありますが、大ものでもなければ、ものを見るバランス感覚の方が、もっと大事だと思います。その人も、バランスを取ろうとしたのでしょうが、何のはずみか均整が崩れた。

バランスを取り過ぎて傾いてしまった、それに気づいていないのではないでしょうか。晴れた日、小田原から早川まで歩く。早川駅近くの小田原さかなセンターで買い物もたのしいです。

  

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2019年5月14日 (火)

清浄な空気の中で

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 お寺も神社も樹木に覆われ、そこに立てば、心のふるさとのような気がする。俗世を離れた清浄な空気の中で呼吸ができる。西洋の大聖堂にもこのような森があるかどうかは知らないけれど、日本の寺社は、いたるところにあって清閑の中にあります。そして開放的です。人びとは遠い歴史あるものに憧憬をもってお参りします。

けれどもそれを乱すもの、門前で街宣車が大音声をあげている。警官もたくさん立っている。何を言っているのかしらないけれど、何ごとも決まってはいないものを。

 (護国寺・徳川5代将軍綱吉の母、桂昌院の発願によって、天和元年(1681)に創建・・東京・文京区)

  

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2019年5月 9日 (木)

ものが見えない

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 世界はとっくに夜があけたのに、いまだに過去にすがりつこうとするもの、その反日という悪酒に酔いしれる韓国。日本統治時代の出稼ぎ労働者への賠償金支払いを命じる最高裁の判決を理由に、差し押さえた日本企業の資産を、現金化しようとする恐るべき国家ぐるみの収奪の試みはすくいようがないです。

司法はその労働者の実態を知らず、しかも、労働者は、しかるべき損害をこうむっていないにもかかわらず、莫大な金をよこせという。このどうしようもない傍若無人のていたらく、その近代化の失敗は、ルールというものの意味をまったく理解できないためではないだろうか。

ある文化の醸成には、秩序が必要であるはずを、為政者が率先して嘘が蔓延するところには、のぞむべくもないです。司法とは名ばかり、司法を意のままにあやつる政権が、司法に介入できない、という欺瞞に満ちた言動を聞けば、そこにも嘘が際立つ。嘘と罵倒がうずまく習俗、そういう中ではものが見えはしない。

いつまでも、そんなことでは、国がほろびる道を進むしかないです。かの人たちにとって反日というものは美酒かもしれないけれど、それはもう中毒というしかないです。

中毒にかかってしまっては、その依存症から抜け出すことはたぶんできない。全員が中毒ということではないでしょうから、わずかな望みはそこにあるにはあるけれど・・・。

  

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2019年5月 5日 (日)

美に触れれば

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 日本の原風景は心のやすらぎを与えます。ひとは美しいものにひかれます。自然の景観にしても、あるいは伝統ある芸術文化の薫りにしても、それに触れれば、しばし安心と何か豊なものを感じることができるような気がします。

4日、天皇陛下の即位を祝う一般参賀において、14万人の大勢のひとたちが皇居を訪れました。日の丸の小旗に、皇族かたが手をふってお応えになる。テレビでみていても、美しい絵だと思います。

これほど大勢の人たちが訪れるということは、人々が、絶えることのない水の流れ、その清流の美をもとめているような気がします。
美にはあこがれがあります。そこに大切なもの、純粋なものを見る思いがします。美は活力を生むと思います。

(旧江戸川)

  

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2019年5月 1日 (水)

儀式は静かで、

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 平成の時代から、令和の時代へと歩みを始めました。まことに喜ばしく思います。皇居での儀式の数々は、しんとして心が引き締まるような気がしました。

儀式は静かで、秩序と調和をよく表し、礼を重んじる国として意義あるものでありましょう。退位礼正殿の儀、即位後朝見の儀において、天皇陛下からお言葉をいただいて、未熟の身、つくづく大らかな気持ちを持ちたいものだと、思いを新たにしました。

(葛西臨海公園)

  

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