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2019年11月 8日 (金)

昔の人の価値観

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 何のために生きるか、と問われれば、これは難しいです。すぐには答えられません。すぐに答えられるひとは、よほどできた人でしょう。漠然として思えば、生きるとは、喜びを求める、ということかもしれません。

先日、平家物語の講義を受けて、感銘をうけたのですが、昔の人は、はっきりとした価値観をもっていたということです。
平忠度は、戦にやぶれ都落ちしたはずを、危険を冒してまいもどり、藤原俊成卿の門をたたく。自分が詠んだ和歌の中、ひとつでも勅撰和歌集の選に入れ貰えるよう、懇願し、百首を記した巻物を藤原俊成卿にわたす。俊成卿は疎略にはしないと答える。

忠度は、「いまは、浪の底にしづまば沈め、山野にかばねをさらさばさらせ、浮世に思ひをくことは候はず」、と言って去っていく。

武将でありながら、戦うことそれ以前に、和歌を大切なものと思い、後の世にのこしたいと思った。そういう価値観をもっていたとわかる、講義の先生(女性)の話しにひきこまれました。高校古文でも取り上げらる、でもこの話しまったく知りませんでした。

んなことも知らないのかと笑われるかもしれませんが、ぼーっとしていたのかもしれません。
平安時代に、そういう人が生きていたということが、なにか感動するものがありました。
考えてみれば、そいう先人の熱意があって、多くの遺してくれたものがあって、いま現在があるような気がしてきます。勅撰和歌集に入れられた歌は、つぎの一首。

  さざ波や志賀の都は荒れにしを昔ながらの山桜かな

  

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コメント

FUJIKAZE さん コメントありがとうございます。

互いに敵同志でありながら、
敬意をもって、相対するふところの広さ、
そういうものが、歴史によって醸成されてきた風土は、
ほんとうによかったと思います。

投稿: ちぎれ雲 | 2019年11月 9日 (土) 16:16

こんにちは!
あぁ、平家物語の名場面ですね。
私もこのエピソード好きです。

生きる目的ねぇ・・・。
あらためて考えてみると・・・無いなぁ・・・。

投稿: FUJIKAZE | 2019年11月 9日 (土) 13:06

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